私は海を抱きしめていたい 〜サクラ日記後編〜

だいたい昨日俺が親切に教えてやったのに相変わらず450円払ってメールしてる事自体がおかしいのです。
それなのにこの馬鹿は俺が教えてやってから二通もメールを送っているのです。
ひょっとしたら届いてなかったのか?と思いましたがどうもそうじゃないようです。
さてその衝撃の内容とは

「昨日待ってたけどチェーンから結局メール来なかったね。その代わり知らない人から変なメールが一通来たんだ…」

知らない人ってアドレス変わったの知ってるのはチェーンだけだろーが!と心の中で突っ込みを入れつつ、それに対するチェーンの返事を見ます。

「試してみたけどやっぱ送れなかったよ。変なメールってどんなの?」

ちなみにサクラの仕事は毎日同じキャラは使いません。
だから俺もその日はチェーン以外のキャラを割り当てられてたんですが、やり取りを見る事はどのPCからでもできるので、俺は仕事もせずにMとのやり取りを見ていました。
その日は誰がチェーンを使っているのかは分かりません。
そしてMの返事は

「なんかフリーメールのアドレスから「あんなサイト全部サクラだ。寂しいからってあんなとこに逃げてんじゃねーよ。現実で生きろ」って送られてきたの。そんなの信じたくないけど、やっぱそうなのかなとも思ったり…。チェーン、私今不安だよ(泣)」

うわーーーーーー!!
こいつ本物の馬鹿だと思いました。
アドレス変えたその日にメール届いてやっぱそうなのかな?じゃねーだろ!
さすがにこのメールに対しては何と返していいのかバイトも分からないようで、俺が来た30分前からチェーンの返信が途絶えています。
俺はまずい事になったなと思いました。
この会社に面接に行った最初に、客に自分がサクラだとは絶対言っていけないし、外でこのサイトにサクラがいるとかも漏らしてはいけないと口をすっぱく言われてるのです。
このメールの事が上に報告されれば犯人探しが始まるでしょう。
そしたら前日にメールしてた俺が疑われるのは必至です。
最悪の場合給料払われない可能性だってあります。
あんなに魂売って働いたっていうのに…Mの馬鹿ー!
俺はもし上に報告がいって、何か聞かれたとしても知らぬ存ぜぬで通そうと誓い、ドキドキしながらモニターを見てました。
するとMのメールが来てから一時間後にようやくチェーンが返信しました。

「俺がサクラなわけねーだろ!俺を信じれないのかよ?」

なんという力技…。
なんの説得力もないこの返事にMはどう答えるんだろう?
ますます目が離せません。
するとMからすぐ返事が

「そうだよね!チェーンがサクラなわけないよね!私、チェーンを信じる!」

えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!
信じるのかよ!?
(駄目だ、こいつは本物の馬鹿だ。帰ってまたメールで教えてやらないとな…)と思って自分のキャラでようやくメールを打ち始めた時、俺はハっと気付いたのです。
確かにこのサイトの利用者のほとんどが、想像力の欠如した人達ばかりです。
しかしいくらなんでも、メールでのやり取りでアドレスを変えると宣言したその日に、あのサイトはサクラだとメールが来てるのにまだ騙されてるほど馬鹿だとは思えませんし、Mは今まで何人ものサクラの男とのやり取りの中で、実際に会おうと試みて待ち合わせてますが、毎回その約束をすっぽかされ続けているのです。
それなのに気付かない訳がないんです。
つまりMは前から薄々気付いていたのです。
ブスで三十過ぎの自分に、こんなに男前で高収入の若い子が好意を持つわけはないと…。
けどそれを認めたくなくて、必死に自分を騙していたのです。
俺はあんなメールを送って、いい事してやった、救ってやったといい気になってましたが、実際は何も救っていなかったのです。
彼女が必死にしがみついていた幻想を壊そうとしてただけだったのです。
時として人は、それが幻想だと分かっていてもそれにすがるしかない弱い生き物だ。
こんな悲しい話が他にあるでしょうか?
俺は自分の無力感に打ちのめされた。
そして人の悲しい性(SAGA)を知った…。
けど俺はやはりこう思うのです。

【どんな期待をしていたのだろう
タネも仕掛けもないマジックに
だまされたいと願ってみても
目と耳は飾りじゃないから
それもできない】

ザ・ピロウズ/確かめに行こうより

俺はアドレスが分かってる客に真実を教えてやる計画はもう止めようと思いました。
少なくとも彼女達はそんな事では救えないと分かったからです。
明日でこの仕事も最後だから、もう開き直っていっぱい嘘をついて夢を見させてあげよう、そう思いました。
何の解決にもならないのだけど…。
それからはもう何も考えずにメールを送り続けました。
サクラ最後の日、チェーンとMとのやり取りを見るとあれから100通以上のメールをMは送っていました。
その額45000円です…。
どうやらもう過ぎていますが23日に会う約束をしてるようで、その話で盛り上がってました。
きっと約束の23日に、Mは泣きながら一人で家に帰ったんでしょう。
そしてまたあのサイトで新しい恋を探すんでしょう。
また自分を騙して、今度はきっと会えるって自分に言い聞かせて…。
俺は例えこんなくそったれな世界でも自分を騙さずに生きていきたいと思った。
ひどい仕事でしたが色々勉強になりました。
今回の日記は引用がいっぱい使えて、引用好きの俺としては大いに満足できました。
でも最後もしつこく引用で終わりたいと思います。
前編の最初に引用したコレクターズの歌詞はあんな暗い調子ですが、その後こう歌われるのです。

【つまるところ人生は
愉快な物だぜ
こちらさえへこたれなきゃね】